ラウンダバウト



 もうちょっとやりようというものがあるだろう、と思う。
 同じ一つの結果を出すにしてもそれにはいくつものやり方がある。俺が学校から家に帰る道ひとつとってもそうだ。歩道橋を渡るか横断歩道を渡るか、川上の橋を使うか川下の橋を使うか、コンビニの前を通るかスーパーの前を通るか。結果へ至るまでの道筋にはいくつもの分岐点があって、そこには確実な優劣がある。歩道橋よりは横断歩道を通った方が早いし、川上の橋はどうやっても遠回りになる。こうして赤金とコンビニの通りを歩くより、一本向こうのスーパーの前を通った方が早い。物事というものは最善の選択肢を積み重ねることで最も効率的に求める結果に辿り着くことができる。
 いまいちピントのずれた例えしか思いつかなかったが、とにかく、そういうことをこいつに言ってもわからないんだろうな、と思いながら俺は赤金の横を歩いている。銅色の鱗を纏ったこの竜人は、何が嬉しいのかふんふんと鼻息荒く首のマフラーを巻き直しては俺に微笑みかけてくる。そこそこ、うっとうしい。
「ねえ、錫くん」
「ん?」
「今から時間ある?」
「ないことはないが」
 慎重に答えると赤金はそのぱあっとした嬉しさを隠すのをやめた。
「なんかねー、スーパーの鯛焼きに新しい味が出たんだって」
「どんな?」
「栗金飩」
「またえらく喉が渇きそうだな」
「食べらんなかったら僕食べるからさ」
「まあ、いいけど」
「うん、行こう!」
 ぶんぶん振られる尻尾に蹴りを入れて、俺は足を早めた。ぶちぶち文句を言いながらも赤金はとてとて俺の後をついてくる。それも、うっとうしい。


 俺と赤金は友達だったことはない。たぶんこれからもないだろう。あちらがどう思っているかは知らないが、俺の中にはこいつとは友達という関係にはならないだろうな、という感触がある。中学の三年間と高校の一年間ずっと一緒なクラスだったのに俺たちが話したことはお互い数えることすらできないくらいだったのだ。そんな、接点すらないような奴に呼び出されたのは、冬のはじまる頃だったろうか。
「あ、あのう、鈴鳴 錫……さん」
「ああ」
 人気のない焼却炉前。そのばかでかい身体を縮こまらせながら、いかにも必死に頑張っています、というような声を出す赤金を前にして俺は首を傾げる。教室の隅でじとーっと集まってるオタク連中の一人、くらいしか印象がないクラスメート。そんなのにどうして俺が呼び出されたのか、こうして実際に対面してみてもさっぱりわからなかったのだ。
「あの、ですね」
「ああ」
「その、ええっと……」
「うん。言えよ」
「今日は、僕はあなたに、言いたいことがあって!」
「そうか」
 少なくとも一発殴らせろとかそういう類の面倒な話ではなく、もっと別の面倒な話のようだ。女に紹介してくれとかあの女に近寄るなとか、そういった色恋沙汰の臭いがする。そう見当がついて、俺の気持ちはだいぶ弛緩していた。この感じではなにを言われても断ることになるだろう。もし違っていたら頷いてやってもいいかな、なんて馬鹿なことを思いながらポケットに手を突っ込んだ。俺より十センチほどでかい竜人は事ここに至ってももじもじしているばかりで口を開こうとしない。
「赤金……だったよな。早く言えよ。こうして呼び出したんだ、後はもう言うしかないだろう」
「そ、それはそうなんだけど、心の準備が……」
「あらかじめしておけよ」
「はい」
 こちらが喋っているとこいつはずっと本題を切り出さないような気がしてきた。仕方なく口を噤んでいると、赤金はおずおずと話しだす。
「いきなりで、悪いんだけど、でも、言わずにはいられなくて」
 頷いてやる。
「すっ……鈴鳴 錫さん。僕、赤金 鋼は、あなたのことがっ、好きです!」
「はぁ」
「あ……」
 はぁ。あんたが俺のことを好き。そりゃどうも、くらいしか咄嗟に出てこなかった俺の反応に、赤金はぐっと俯いた。
「こ、こんなこと、やっぱり迷惑……だったよね、その、ごめん……」
「好きって?」
「えっと」
「好きって、そりゃ、どういう好きのことだよ」
「ええと……それは、ラブの方で」
「ラブねえ」
 ラブ。愛。こいつは男で俺も男。それはつまり。
「お前、ホモなの?」
「はい……」
 きつく叱りつけられた仔供のように赤金は目に涙を溜めて下を向く。罰ゲームとか、そういうものではないらしい。自分からホモだと告白するくらいには本気なのだ。つまりこれは、まじりけのない本物の愛の告白なのだ。
「どういうとこが好きなの? 俺の」
「それは……いっぱいあるんだけど」
「うん」
「狼でかっこいいとことか、なんかじんわりくる声とか、誰にでもすいって手を貸して、それがさりげないところとか」
「……はぁ。本気……なんだよなあ」
「はい」
 どうしたものか、と思う。俺はホモではないから男を好きになることはできない。それどころか目の前の竜人とは人として合わない気配を感じている。それでもまあ、と思う。
「お前は俺に好きと伝えて、それでその先はどうしたかったんだ?」
「どうって……ええと……」
「考えてなかったのか」
「……はい」
 もはや逃げることもせずに赤金はしょぼくれた。汗か涙か、ほとほとと地面に透明な滴が落ちていく。再び、なんだかなあと思う。もうちょっとやりようというものがあるだろう、と思う。友達とまでは言わずともせめて軽く話すクラスメートくらいの間柄になっていれば俺も迷うことくらいはできたが、いきなりあなたが好きですと来られては俺には断るしか選択肢がない。そういうことにも思い至らないほどいっぱいいっぱいなのだろうか。
「なあ、赤金」
 できるだけ穏やかな声になるよう努めつつ、俺は目の前の竜人に語りかける。
「わかってるとは思うけど、今の俺はお前を好きじゃないし、好きになれるかどうかはわからない」
「う……うん」
「友達……にも今からなるのは難しいだろう」
「うん」
「……あらかじめ言っておくが、これは好奇心から来た不誠実な申し出だ。それでもいいなら、つきあうというか、軽く試してみる、くらいならいいぞ」
「ほ……ほんと?」
「本気だ」
 好奇心と、ほんの僅かな同情。こちらはけっこうひどいことを言っているのだが、それでも赤金は嬉しそうに顔を上げた。本当に俺のことが好きなんだな、と今更ながら確認する。赤金は全身から喜びを撒き散らしながら何度も何度も頷いた。
「ありがとう鈴鳴君!」
「ああ。よろしくな」
 すげなく断るのも味気ないし、いずれ別れるにしてもここまで好かれているのなら少しくらいはつきあってやらないと悪い気もした。ホモは案外身近にいるなんて話は本当だったんだな、と俺がぼんやり考えていると、にこにこしていた赤金が突然真剣な表情になった。
「それでですね、ちょっと頼みたいことというか、やってみたいことがあるんですが、いいですか」
「なんだ」
「キッ、キスしていいかな」
「無理だ」
「え、えぇー」
 さすがにいきなり男とキスしろというのはどうやったって無理だろう。俺が引いていると、赤金は慌ててハードルを下げてきた。
「抱きつくとか」
「それも、なぁ……」
 よく考えると男とつきあうということはその欲望の対象にされるということだ。やっぱりやめておいたほうがよかったろうかと俺が考え出したのを悟ってか、赤金は最低限まで要求を下げた。
「じ、じゃあ……手、握っても、いいですか」
「それくらいなら」
「やったー!」
 差し出された赤金の手はごつごつとして力強い。なのにおどおどとみっともなく震えている。そのギャップを面白く思いながら手を差し出して、握ってやる。赤金は手の中の手が本当に存在しているのかいぶかしむようにしばらくじっと見つめた後、ぎこちなく握り返してきた。変温動物であるという竜人の掌はひんやりとしている。大きさで負けているのは種族差があるとはいえなにやら悔しいなあと思いながら俺が手を握っていると、赤金は何度も何度も、確かめるように手を握ってくる。
「えへへー」
「嬉しそうだな」
「うん!」
 本当に、本当に嬉しそうに赤金は頷いた。そういえばこんなふうに誰かの気持ちを差し出されたのは生まれて初めてだったかもな、と俺は思った。


 来た道を引き返してスーパーに向かう。言うなら言うでもっと早く言えば回り道をせずに済んだものを。こういう赤金の段取りの悪さが俺は嫌いなのだろう。すれ違う知り合いに挨拶しながら、俺はそろそろと横から伸びてくる手を叩いた。
「あのな、おおっぴらに繋いだら噂になるだろ」
 伸ばした手を引っ込めて赤金は首を傾げる。
「なるかなあ」
「なるに決まってるだろ。これだけ知った顔と会うんだぞ」
 そんなことないとか自意識過剰だとか赤金は言い募るが、事実だ。同じ学校の制服を着た男二人が手を繋いで歩いていたら噂になるに決まっている。最初の頃の恥じらいはどこへやら、だ。そもそもこいつは結構ずうずうしい。いつの間にか呼び方が鈴鳴君から錫くんに変わっているし、こうして人目が少ないと思えば許可もなしにべたべたくっついてくる。
「ねー錫くん、えっちしよう」
 おまけに、こういうことを言ってくるようになった。
「お前な」
「いたっ」
 誰にも聞かれていないことを確認してからぶん殴る。あまり手加減はしていないのだがそれでも赤金はけろりとしていた。忌々しいことに竜人というものはつくづく頑丈にできているので蹴ろうが殴ろうがほとんど効果がないのだ。
「前してから二日も経ってるし、溜まってない?」
「……はぁ」
 どうしてそこで得意顔をするのか、俺にはさっぱり解らない。


 俺たちが住んでいるところはコンビニと自転車で三十分ほどのショッピングセンターくらいしか行くところのない田舎だ。まともな服一着買おうと思ったら電車で二時間ほどかかる市の中心部まで行く他なく、ヤンキーでなくともみんなジャージを着てうろうろしている。それくらいの過疎地だから人気のない場所なんていくらでもある。その中の一つ、ひなびた公園の公衆トイレに赤金は俺を引っ張り込んだ。
「……よし、と」
 赤金に勢いよく捻られてきん、と手入れのされていない鍵が軋む。悲しいかなここはあまりにも使われていないが故に清潔だ。便座に俺を座らせて、赤金はふふっと笑った。
「なんだよ」
「それじゃ御奉仕させていただきますね、ご主人様」
「……帰っていいか、俺」
「ごめんごめん、怒らないでよ」
 そういうので喜ぶのはそういうのを知っている人間だけだし、女ならともかく赤金みたいなごつい外見の男に上目づかいでやられても醒めるだけだ。冷ややかに睨んでいると、赤金は今度メイド服着てやるね、とか見当違いなことを言いだす。なんだかげんなりしてきた。確かに思春期の男として溜まっていないと言えばそれは嘘になるが、なにも赤金とセックスしなくても自分の手で処理すればいいだけの話だ。よし帰ろう、と俺が腰を上げたところで赤い手が素早く俺のズボンを引きずり下ろした。
「お、おい」
「?」
 赤金はきょとんとして俺のズボンを握っている。かと思うと、いきなり俺のパンツに鼻を押し付けてくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。思考が欲望に負けたらしい。股間に生温かい息を感じながら俺は溜息をついた。ここまで来るとやらない方が面倒だ。ぐいぐいと擦りつける赤金の頭を押さえつけた。
「おい、あれ忘れてるぞ」
「……やっぱり、ないと駄目?」
 俺の股間に顔を押し付けたまま、赤金は小さな声で聞いてくる。俺は手を伸ばして、ただ黙って赤金の頭を撫でた。ごめんな、と心の中でだけ呟いて。

 俺たちのセックスは歪んでいる。男同士というのを差し引いたとしても、いや、だからこそか。赤金が自分のカバンから取り出したのは黒いアイマスクだ。それを受け取って、目に宛がって、頭の後ろで止める。ぱちんと留め金が止まるのに併せて赤金が小さく息を履くのが聞こえた。今彼がどんな顔をしているのかもう俺にはわからない。
 なんだかんだと押し切られ、さあセックスしようとなったところで、俺たちはそもそもの問題に直面した。俺が勃たないのだ。赤金が相手では、どうやっても。普通のエロビデオを流しながらとか、エロ本を読みながらだとか、それなら俺も勃起したし、おそらく行為に及ぶこともできたろうが――そんなものに縋ったセックスが赤金を取り返しのつかないほど傷つけるのは明白だった。
 このアイマスクはせめてもの妥協だ。赤金の身体を見なければ俺はどうにか勃起できる。それはごまかしで、嘘で、偽りで、俺を心から好きだと言ってくれる一人の竜人を傷つけていることには変わりない。変わりないが、それでもほんの少しマシなのだった。


「ん……」
 赤金のごつごつした手に撫でさすられて俺のチンポはむくりと頭をもたげた。こうして目隠しをされているとなぜか赤金がどこを見ているのかが闇の中でくっきりと感じられる。赤金の視線は今、血を集めて膨らみつつある俺のチンポに注がれていた。指先が注意深く輪郭をなぞり、雁首を擦る。俺はそのたびに浮き上がりそうになる腰を抑えるので精一杯だ。鈴口から溢れ始めた先走りでくちゅり、という音がした。
「フェラするね」
「ん……」
 自分を押し隠した声と共に俺のチンポは冷たくはないが温かくもない粘膜に咥えこまれた。細長い舌がにゅるりと幹に絡みついて更なる快楽をねだる。時折かする牙に背筋にひんやりしたものを感じながら、俺は身を任せる。く、く、と裏筋を押されて先走りを絞られるたびに、おっ、おっ、と声が溢れた。
 フェラチオのたてる水音に紛れて、個室にもうひとつくちゅくちゅという音が響く。赤金が開いた手で自分のスリットを解しているのだ。自分で自分のチンポを扱いて、出てきた先走りを自分のスリットに塗りつけて少しでも抽挿を楽にしようとしている。暴れる尻尾が狭い個室のドアにぶつかってがん、がん、と不規則に音を立てている。
「……そろそろ」
 俺がそう言うと、赤金は口を放した。しばらくして、おずおずと俺の膝の上に熱っぽい身体がやってくる。
「重くない……?」
「大丈夫だ」
 いつもの質問に、いつもの返事。チンポの根元を掴まれ、彼の入口に宛がわれた。俺の上で腰を動かして位置の調整を済ませ、ぐ、と軽い抵抗を振り切るように赤金は勢いよく腰を下ろしてくる。いきりたった俺の欲望はつぷんと湿った粘膜に包み込まれた。変温動物のくせに、中はやけに熱い。きゅうきゅうと吸い付いてくる柔らかなスリットの内壁とこりこりと硬いチンポ、二つの対照的な感覚がが俺を責め立てる。衝撃と快感に慣れるため、赤金はしばらく動きを止め、だらりと俺にもたれかかっていた。その間にもスリットの入り口が時折きゅうと締め付ける。
「おい赤金……そうやって絞めるのやめろ。出ちまう」
「え……あ、ごめん、きもちくて、とめらんない、勝手に、動いちゃって、ごめんね」
 は、は、と荒い息が混ざりあう。俺の肩に顎を乗せて赤金はじっとしている。アイマスクに遮られた闇の中で、俺はその鼓動をぼんやりと聞いている。竜人のスリットは本来出すべきところであって、こんなふうに入れられるべきでない場所だが、こういう用途にも使えるものらしい。一般的にみれば大して違いはないとはいえさすがに俺も尻の穴に突っ込むのは抵抗がある。竜人でよかった。そんなことを考えていたらうっかり萎えそうになったので、赤金の中に俺が馴染んだと思われる頃にくいくいと軽く突き上げてやった。
「やっ、ひっ、うあっ」
「動けよ」
 俺の上で赤金が身を震わせるたびに腹のあたりでぬるぬると熱いものが動く。赤金も俺のチンポと同じく先走りでたっぷりと濡れているのだろう。それがずるりと俺の臍のあたりまで登って、落ちる。その辺りの毛皮はべったりと光っているに違いない。赤金は俺の肩をぎゅっと握り腰を上下させはじめた。その動きはゆるゆるとぎこちない。まだ中がほぐれきっていなかったのか、上下運動の途中でひっかかるような感じがある。しばらく我慢しているとそれもなくなり、赤金の動きも滑らかになってきた。
「はっ……ふぅっ……はぁっ……」
 基本は上下運動をしながら横の運動も混ぜてくる。ぬるりとした内壁を掻き分けて硬いチンポの根元を擦り上げる上下運動と違い、横の運動はスリットの肉壁が絡みつき、俺の亀頭をまんべんなく舐め回す。目隠しをされた俺にはそのタイミングが読めず、そうやって不意打ちされるたびに腰が跳ねあがってしまう。
「赤金っ、そろそろっ」
 女のように腰を振る男に煽り立てられ、腹の奥、チンポの付け根あたりに轟々と燃え盛る快感が焼け落ちそうなことを伝えると、銅色の竜人は極まったような吐息を洩らして動きを一層激しくした。ただひたすら、俺をイかせるために腰を動かす。躊躇いのないその動きに俺の快楽は爆発した。スリットの中に精液がびゅるるるっと勢いよく撃ち出されていく。全身にわっと快楽が燃え広がって、消えていく。俺がゆっくりと息を吸って吐くと、赤金が凭れかかってきた。

「外すね」
「ん……」
 ぐいと乱暴にアイマスクが抜き取られて瞼の裏が白くなった。燃え滓のような気だるさで目を開くのも面倒だし、どうせ眩しくて見えはしないだろう。俺がしばらく目を閉じて脱力していると、ふふっと笑い声が耳元に届いた。
「どうした」
「錫くんがイった後の顔見てたらね」
「そんなにおかしかったか?」
「ううん。気持ちよさそうだなー、と思って」
「そうか……」
 役目を果たして力を失い始めた俺のチンポを咥えこんだまま、赤金は俺の身体を触り始めた。
「もふもふー」
 自分にはない毛皮が珍しいのだと、赤金は執拗に俺の毛皮をなぶる。猫のさらりとしたそれならともかく、狼のごわごわとした毛を触って何が嬉しいのか俺にはさっぱりわからない。そろそろと瞼を開くと寂れ切った公衆トイレを背景に俺の上にまたがる赤金の姿が見えた。見られているのにも気づかず真剣に俺の腹を撫で回している。以前、俺のどこが好きなのかと改めて聞いたことがある。返事は好きすぎてもうどこが好きなのかよくわからない、という曖昧なものだった。それがごまかしだとかいいかげんとは思わない。本気でそう言っているのだろう。こうして本当にうれしそうに俺に触れている彼を見ていると、こいつは俺のことが本当に好きなのだな、と思うのだ。
「……あ、えへへ。錫くんって腹筋結構あるんだね」
 俺が見ているのに気づいた赤金は照れくさそうに目を細めてそんなことを言ってきた。
「そうか?」
「うん。体育んときも結構動いてるし体力あるよね」
「そういえばお前はあまり動いてないよな」
「おっきいからあんまり動けないんだよ」
「ふーん」
 日常の中でもどんくさい赤金に運動ができるとも思えない。話半分に聞いていると赤金はむっとしたようだがやはり嘘だったらしく尻尾をびたんと床に打ち下ろすだけで何も言わなかった。
「あ、ちっちゃくなってる……そろそろ、抜くね」
「わかった」
 まだ硬さを失っていない自分のチンポを揺らし、赤金はゆっくりと腰を上げる。そのスリットからでろでろに濡れた俺のチンポがぼろりと落ちた。
「あっは……ちっちゃくなってる。不思議だよね、こんなにちっちゃいのがあんなに大きくなるなんて」
「ちっちゃいちっちゃい言うな」
「ごめんごめん」
 乱暴な出入りを繰り返したせいでいつもはぴたりと閉じているらしい赤金のスリットはだらしなくめくれあがってしまっている。白い鱗に覆われた腹の上で一筋の傷跡のようにピンクの肉襞が縦に裂けている。ん、と赤金が力を入れると、その隙間から白く泡立った粘液の塊がぼとりと垂れ落ちた。
 ――えろいな、と思った。
「えっ……?」
 赤金が不思議そうな声を上げる。彼の眼の前で、さっきまで萎れていた俺のチンポはむくむくと力を取り戻して硬くそそり立った。
「えへへ……条件付け成功だね」
 冗談めかしてはいるが、赤金のその声は震えている。放り投げられたアイマスクはまだ床にへばりついている。
「ね……ねえ」
「ああ」
「ねえ、錫くん」
「赤金」
「ねえ、錫くん……それね、その、ね……」
「赤金……」
 言葉を見つけられないまま、赤金はただ、自分に対して俺が興奮した証である肉棒を見つめて。
「……もういっかいだけ、ちょうだい」
 傷に触れるようなやさしさで、俺を抱きしめた。

 赤金はやや性急に腰を下ろし、俺のチンポは再び温かいスリットの中に迎え入れられた。再びの快楽を感じる間もなく赤金は動きだす。萎えさせまいと、失うまいと。いつもと違い、俺の背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめていることだ。
「あ、は、中でくちゅくちゅしてる」
 荒い息で言うとおり、俺が一度赤金の中に出した精液が二人の間でくちゃくちゃと音を立てている。それに興奮してか、赤金の動きは一層激しくなった。俺に体を密着させ、切ない息を洩らしながら、一心に腰を上下させている。ただひたすらに自分の中を擦る俺のチンポに集中しているようだった。は、は、と規則正しい呼吸をしながら腰をがむしゃらに動かす。それは快楽を追っているのではなく、俺を少しでも強く感じていたいだけのようで、俺は快感とか男同士だとかそういうものを全部忘れて、俺を好きだという竜人の、そのまぶたからこぼれ落ちるひとすじの涙に見惚れていた。
「あっ……!」
 今度の快楽は唐突に背筋を駆け上がり、爆発した。びゅるびゅると何度も何度も俺のチンポは脈動して精液を赤金の中にぶちまけていく。
 震える体を抱きしめる。強く強く、強く。それが自分のものでないとしても構いはしない。
「錫くん、錫くん、すずくんすずくん、すずくっ、あっ」
 俺の名前を何度も呼んだ末に、赤金は体をびくんと痙攣させた。俺の腹に生温かい液体が降りかかり、毛皮を汚していく。余熱に蕩けたまま、俺と彼は見つめ合う。俺とは違う細い瞳孔の瞳にはどろどろに蕩けた表情をした狼人の顔が映っていて、多分俺の瞳にも同じようにどろどろに蕩けた表情の竜人が映っているのだろう。
 自然、俺たちの唇は惹かれあった。


「なかなか落ちないね……」
「おもいっきり腹に出しやがって……臭いを取るのはもっと面倒なんだからな」
「獣人ってオナニーとかセックスするの大変なんだね。ほら、僕とか拭くだけでいいし」
「最低限洗うくらいはしろよ」
「してるよ」
 騒ぎにならない程度の声で言いあいをしながら、俺と赤金は毛皮にこびりついてしまった精液をウェットティッシュで拭っていた。精液というものは毛皮に絡んだまま乾いてしまうとどうしようもなく面倒になるのだ。手持ちではとても足りず、行くはずだったスーパーで買ってこさせた徳用パックも一箱の半分くらいは使ってしまっている。おまけにこれが終わったら終わったで消臭剤が控えている。あまりにひどい。
「舐めたら取れたりしないかな」
「もう消毒剤のアルコールの味しかしないと思うぞ」
「あー体に悪そうだね」
「わかったらさっさと拭け。自分じゃ拭きにくいんだよ」
「はーい」
 結局、終わってしまえばなんとなく気恥ずかしいままで。床にへばりついているアイマスクのことにはあえて触れないまま俺たちは後始末をしていた。俺が赤金に対して興奮したのかどうか、お互い確かめるのも怖くて。普段より少し会話が多くて、普段より少し上の空だ。
「そうだ、ついでに鯛焼きも買ってきたよ」
「なに? 冷めるだろ、それじゃ」
「……あ……う、うーん……」
「……少なくとも食えないぞ、冷めてたら」
「いいじゃん。意外とおいしいかも」
「どうだか」
「試してみればいいじゃん」
「ま、な」
 少しでもあったかいうちに食べないと、と赤金は俺の体を拭きに戻る。相変わらず段取りが悪い。赤金のそういうところを、俺は好きではない。そもそも男であることだし。強引にぐいぐい攻めてくるかと思えば肝心なところで怖気づいたりして、俺と恋人同士になりたいにしては努力の方向も変だ。とにかく結果への道筋が滅茶苦茶で、曖昧で、行きたいところははっきりしているくせにいつまでもぐだぐだと変な道ばかり選んでいる。
「ね、錫くん」
「うん?」
「錫くんからキスしてくれたの、今日がはじめてだったよ」
「そうか」
「うん」
「そうか」
 それでも、行きたかったところには辿り着けているんだから、まあ、いいのかもしれない。




アトガキ:
・スリット姦で読者を興奮させるようなホモエロを書く ・手を繋ぐ→抱きしめる→キスの流れ
・男に興奮すんのはノンケじゃねえホモだ!
の三本柱を適当に組み合わせたもの。肉付けが足りないため不格好な感じ。最初の興奮させるようなホモエロを書くという目標は存外ポエティックな話になってしまったので失敗。高校生ならセックスはあんまりぶっ飛んでなくてへたくそな方が可愛いよねという個人的な嗜好もある。手を繋ぐ一連の流れは告白時に赤金がやりたかったことを回想終了時から逆になぞっている。気付かなくても問題はない、話をとりあえず進めるための小ネタ。最後のノンケが男とつきあうのは云々の要素が御せなかった。慣れてきているとはいえ異性愛者の錫が赤金の望む形で赤金を好きになることはない。本当の意味で好きになってやれないと苦しむ錫と、好きになってもらえているのになにかが足りないと苦しむ鋼。二人の目的地は見えない。ゆっくり煮られていくような苦悩を描くにはもっと時間がいる。
尚、脳内で弄んぶだけのくらーい裏設定としては、ある日二人の元に赫い目をした狼がやってきて「稀少な竜人は繁殖しなくちゃいけないのにホモとか意味わかんなーい」と二人を洗脳して女をあてがう。道で擦れ違っても「昔クラスメイトだったかな?」くらいしか思いだすことができなくされてしまう。涙も流せない。